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ヨーロッパアルプス遠征(マッターホルン・モンブラン・赤い針峰群など)
- 2010/05/23(Sun) -

ヨーロッパアルプス
スイスツェルマット・フランスシャモニー

■日時:2009年8月4日(火)~8月19日(水)
■メンバー:Ipon、Nんた
      別パーティーだが・・・Hぴろ、Dr.K

■行動概要
8/4(火) 日本出発→チューリッヒ泊
8/5(水) チューリッヒ→ツェルマット着 移動
ツェルマット→Hornli Hut 3,260m に入る
8/6(木) Matterhorn 4,478m 登頂
Solvay Hut 4,003m(泊)
8/7(金) Solvay Hut 4,003m→Hornli Hut 3,260m 着
夕方 Zermatt HotelBahnhof 着
8/8(土)  Zermattにて休養・洗濯・山岳博物館
8/9(日) ゴルナーグラード~スネガ(ハイキング)
8/10(月) ツェルマット→シャモニーへ移動
8/11(火) シャモニー→コスミック小屋 3,613m へ入る
8/12(水) MontBlanc 4808m 登頂、シャモニーに戻る
8/13(木) シャモニー・モンブランにて休養日
8/14(金)  ランデックス南東稜(岩登り)
8/15(土) プランドレギーユ→モンタンヴェール(ハイキング)
8/16(日) コスミック稜(岩登り)
8/17(月) シャモニー→ジュネーブへ移動
8/18(火) ジュネーブ発
8/19(水) 成田着


■山行報告
8/4(火) 日本出発→チューリッヒ泊
SK984 成田空港(11:40)→コペンハーゲン(16:05)
SK609 コペンハーゲン(17:40)→チューリッヒ(19:25)
21:00 ホテル着
8/5(水) チューリッヒ→ツェルマット着 移動
IC(InterCity)とローカル線(Regio)を利用
ZurichHB 8:00→(Bern経由)→Visp10:02|10:10→Zermatt11:14
(所要時間3h14)
駅前のHotelBahnhofに荷物を預ける
13:30 装備準備しツェルマット出発
16:30 Hornli Hut 3,260m に到着、18:30夕食、21:30就寝

 二人の荷物を合わせると、約60キロ超。大型ザックを背中に、中型ザックをお腹に抱えて、やっとの思いで成田空港に向かう。今回は、岩稜、雪稜、に加え、時間が余ったら岩登りもしようと、フラットソールとクライミングギア類まで加えたので、荷物の重量がかなり重くなってしまった。
 でも、直前まで仕事が忙しい(というより、この休みを取るために忙しくなった?)ので、出発の時はヘロヘロだろうと、飛行機を奮発してビジネスクラスにしたので、荷物の重量超過料金を取られる心配がないのが嬉しい。しかもフラットシートの座席で、とても快適に寝ることができた。Nんた、人生初めてのビジネスクラスでご満悦☆
 コペンハーゲンでのトランジット待ち時間に、ネットで天気予報をチェックしたところ、マッターホルンの登頂日を一日早めた方が良いとの方針に。早速ツェルマットのホテルバンホフに電話して宿泊予約を変更してもらおうとしたものの、電話に出てくれない。
 チューリッヒの空港駅で、スイスパス(鉄道チケット)にバリデーションしてもらい、再びツェルマットのホテルバンホフに電話して宿泊予約を変更してもらおうとしたものの、やっぱり電話に出てくれない(後でわかったが、その時間帯は受付に誰もいない)。仕方なくそのままチューリッヒへ。駅から程近いホテルにチェックインし、再びネットで天気予報をチェック。日本からもメールでやり取りしていたので、メールで予約の変更をとりあえず入れておくことにした。
 翌日は、チューリッヒを8時ちょうどに出発する鉄道に乗り、ツェルマットに移動。Nんたはスイス好きなので、観光も合わせると、今回で4回目のスイス。Iponは初めて。正確で快適!かつ景勝地を通る鉄道の旅。しかし、二人とも、本やネットから印刷してきたトポを読み込むのに必死。
 ホテルバンホフに着くと、幸いにもちゃんと話は通じていた。2001年にMiuraさんとツェルマットに来た時も、このホテルバンホフを使ったが、駅前だし融通が利くし、共同のキッチンやランドリーもあって、本当に便利。マッターホルンを登るための装備を準備して、半地下のロッカールームに荷物を預け、ヘルンリ小屋に1日早く入る旨電話連絡して向かう。
 ツェルマットの町外れのシュルーマッテンロープウェイ乗り場から、シュバルツゼーへ。そこから約2時間。マッターホルンに登らなくとも、ヘルンリ小屋までハイキングに来る観光客も多い。
 小屋に着くと、私達はガイドレス登山なので、パスポートを小屋に預けることになる。1泊2食付で一人78CHF(約7,000円、現金のみ)。部屋とベットの番号を告げられ、部屋で装備を整理する。部屋は2段ベット。毛布2枚と枕あり。靴は廊下の下駄箱へ入れる。夕食までに、明日朝の取り付き場所を確認しに行った。日本から4日前に電話した時は、降雪があって小屋周辺でも20センチの積雪、とのことだったが、小屋の屋根に少し残っている程度ですっかり消えていた。取り付きは、雪渓の先のいきなりフィックスロープの腕力登攀。殆ど垂直で、足を良く見てがんばってあがるしかない。緊張してきた。2001年の時は、ガイド登山でこの取り付きから出発したはずだが、あんまり覚えていない。
 夕食は、豆のポタージュスープに、メインは山盛りのマッシュポテトを添えた羊肉のシチューとズッキーニのソテー。スイスの山小屋は食事がなかなか美味しい。デザートのチョコレートムースの量が半端でなく多いが。これにビール7CHF。ガタイの良い山男達で食堂は満席。見たところ、私達以外の日本人は、男女各2名の4名のグループのみ。彼らは、4名のうち男女1名ずつが、ガイド登山で明日の登頂を目指すとのこと。
 装備と行動用のハイドレーション(ポカリ各自2L)を準備して、就寝。

8/6(木) 2:30起床、4:20 Hornli Hut 3,260m 出発
9:30 Solvay Hut 4,003m
15:00 Matterhorn 4,478m 頂上
23:00 Solvay Hut 4,003m (泊)

【服装】オーバーズボン、インナーパンツ、アンダーシャツ(長袖)、シャツ(長袖)、冬用ヤッケ、中厚靴下
【装備】冬靴(革靴)、アイゼン、スパッツ、バイル、ハーネス、ディジーチェーン&環ビナ、テープシュリンゲ3、カラビナ3、行動食、飲料(薄いポカリ2L・ハイドレーション方式)、シュラフカバー、オーバー手袋、インナー手袋2(滑り止めのついたもの)、毛またはフリース手袋(中厚)1、毛またはフリース帽子、サングラス、フリース、ヘルメット、日焼止めクリーム&リップ
【共同装備】ロープ8.5mm50m(ダブルロープ)1本、ツエルト(共同)、

 翌朝はトイレが行列になっていた。ヘルンリ小屋はトイレが少ない(2つ)のでとにかく早く起きてさっさと済ませるのが良い。ハーネスを着けた状態で、パンにジャムとバター、それを紅茶で流し込んで、暗闇の中ヘッデンを点けて出発する。我々は、暫くアンザイレンせずに行くことにした。
 前日確認した取り付きは、順番待ち。何だって最初がこんなに立ってるの!?と、この先思いやられる感じがする腕力登攀。1ピッチ登りあがった先は、フィックスがあるものの少々左に微妙なへつりをしながら足元に気をつけて登る。ロープつけてもらえば良かったなぁ、と思うものの、Iponはとっくに上にあがっている。程なく登山道に出る。
 ガイドパーティの先頭は、早い。ヘッデンの光の列が遥か上を登っている。道はついているものの、マッターホルン下部はしょっちゅう道が変えられるらしく、暗闇の中で非常にわかりにくい。2001年の時にはなかったが、下部は暗い中登るための蛍光の緑のペンキが所々マーキングされていた。それでもよくわからない。稜線上を行くのではなく、稜線から少し東に入ったところで展開されるからだが、我々はアホなことに、ガイドの行列の前の方に割り込もうとたくらんでショートカットを試みたのだが、見事行き詰まり暗闇でルートを探しているうちに、気がついたら周りに誰も居なくなり、私達だけになってしまった。ガイドパーティーは早い。ルートは熟知しているし、ゲストを馬車馬のように煽って登らせている。
 さあ、大変!早くも「ガイドパーティーにコバンザメ作戦」は崩れ、自分たちでルートを探して登るしかなくなった。記録やガイド本は、英語版も含め、随分目を通したが、このマッターホルンは、「何ピッチ目がこうでああで...」とは、書いておらず(ルートが長いし、ほぼコンテだから、当然と言えば当然だが)、結局ルート詳細が当日になってもよくわからなかった。Iponも、ルートが判然としていないので、この巨大な岩の塊を前に、「登れる気がしない...」と心細いことを言う。もともとがこんなスタートだったが、ガイドから置いてけぼり状態になり、覚悟を決めて黙々と自力でルートを探して登るしかなくなった。
 明るくなってきて、ようやく周りを見渡せるようになると、多少スピードはあがったかもしれない。マッターホルンのヘルンリ稜は、ある意味どこからでも登れてしまいそうなのだ。ただ、正規のルートを離れるとやたら難しくなったり、落石の危険が出たりするのは、どこも同じ。「こりゃ、やけに難しい、違うな。」と言って、行ったりきたりすること数え切れず。
 ローワーモズレイスラブに到達した時は、明らかに岩質が違うのでよくわかる。モズレイとは、このスラブでロープを外してしまった為に滑落して亡くなったアメリカ人青年のモズレイさんの名前から、付けられたスラブで、緑がかった滑りやすい岩質で、岩が外傾している部分が多く、少々登りにくい。稜線寄りには、一部ケーブル状のフィクスあり。我々は、ここでコンテにした。すると、小屋で一緒だった日本人女性を連れたスイスガイドに追いつくと、足元にしゃがんだゲストの日本人女性が、「左腕を骨折した」という。ガイドが携帯電話でヘリを呼ぶと、あっと言う間にやってきて、我々の目の前で女性を吊り上げ救助した。お見事だった。
 ソルベイ小屋の直下は、4級。Ipon先に登り、確保してもらった。ここで早くも、ガイドパーティーでほぼトップで頂上に到達し、下りてきた日本人男性を連れたパーティーと行き会う。我々は、この時間(9:30)にやっとこソルベイ小屋だから、かなり遅い。懸垂で彼らが下りてきたところで話をすると、ゲストの日本人男性曰く、ガイドがとにかく煽って速くてヘトヘトだという。例の腕を骨折した仲間の女性の件を話すと、とても残念がっていた。「それで、君達はどこまで行くの?」と聞かれたので「頂上まで行きます」というと、「本当?行くの?」「もちろん!」心の中ではあんまり自信はなかったが。
 ソルベイ小屋より上のアッパーモズレイスラブは、小屋を稜線に向かって回りこむところがわかりにくく、下山が早いガイドPと何パーティか行きあい、登りにくかった。それより上部は、ほぼ稜線上を行く。アッパーモズレイスラブ中間部にも、白くて太いクレモナロープのフィックスがあり、腕力登攀&トラバースをスタカットでこなす。
 このあたりまで来ると、4,000mを超えてくるので、高度障害も出てくる。我々は、出発前の高度順応として富士山に登る時間がなかったので、ミウラドルフィンズの低酸素室でのトレーニングと、泊まりの訓練で代替を試みた。
 結果としては、やはり高度順応が不十分だったと感じた。おそらくトレーニングの回数をあと数回増やすべきだったと思う。日本からの疲れも持ち込んで、ツェルマット入り後、いきなりの4,000m超えなので、二人とも何とも言えない「倦怠感」と、「力が出ない感じ」で、とにかく苦しかった。自分達としても、もどかしいくらいの「もったりとした」体の動きだったと思う。それでも、天気の傾向と予報をパッチリチェックしてきたので、とにかく時間がかかっても、着実に登っていけば大丈夫、という変な確信だけはあった。
 稜線上を登り、肩からしばらく北壁寄りに登る。ここで雪が出てきてアイゼンを装着する。頂上を踏んだガイドパーティが続々下りてくる。登ってきたルートに目をやると、ものすごい高度感。裾野には氷河が流れ、肩は北壁寄りなので、切り立った北壁の様子とそのはるか下を流れる氷河が良く見える。ヘルンリ稜もヘルンリ小屋まで何も遮るものなく綺麗な稜線を見せていて、その裾野の先にはツェルマットの町。こんな圧倒的な高度感は、いまだかつて味わったことがなかった。それを怖いと思わない(ようにしていた)自分にちょっと怖くなった。
 比較的傾斜のゆるい肩から、頂上直下のかなり立ったルートを、フィックスのクレモナロープを掴んで、腕力登攀する。高度と疲れもあり腕力登攀は消耗する。気温も下がってきた。1箇所チェーン状のアブミ(最近設置されたらしい)の部分ではロープで確保する。
 頂上直下で再び、傾斜がゆるくなるが、微妙な斜度なので、杭を利用しながらロープで確保しつつ登っていく。雪の下は、透明で非常に固い氷。バイルを持って行って正解。マッターホルンを初登頂したエドワード・ウィンパーが、下山時に、事故(仲間2名を失う)を起こしたのは、この辺かなぁ、などと思いながら登る。ガスも少しずつ湧いてきた。
 最後のフランス人4人パーティと行き会ってほどなく、我々も頂上に到達した。もちろん他には誰もいない。二人とも体調はイマイチだし、ルートはわからないし、登れる自信は正直なかったので、なんだか夢のようだった。ちょっと信じられなかった。はしゃぐというより静かに喜びをかみしめた。マッターホルンの頂上はスイス側とイタリア側に南北に長く細く切り立った頂上で、60~70センチほどの新雪があった。スイス側には何もないが、イタリア側には十字架が立っている。
 見渡せば、文字通り360度の展望で、スイスアルプス最高峰のモンテローザや、ポリュックス、カストール、リスカムといった雪山や、ヴァイスホルン、ツィナーロートホルン、ダンブランシュといった岩山が眺められる。もちろんフランスの最高峰モンブランも遠くに。
 感慨に浸るのもそこそこに、ガスも湧いてきたことだし、何より時間が時間なので、そそくさと下山を開始する。懸垂の支点は、頑丈な豚の尻尾のような形をした杭。50mロープの半分のほぼ25mくらいで、肩までは次の杭が順調に見つかる。東壁側からガスが上がってきていたため、頂上稜線上まで上がったガスに、私の背後からの西日が当たって、私の影に後光が射しているみたいブロッケン現象を見ることができた。疲れているし、時間も遅くて焦るが、懸垂は慎重に慎重にこなしていった。
 稜線に戻り、ソルベイ小屋を目指すが、稜線上では支点がわかりにくく、探すのに苦労した。この季節のスイスは21時ころまでヘッデンで行動でき、満月の夜だったので明るかったが、肩からソルベイ小屋までの稜線は、支点を探す時間の方が長かったように思う。ソルベイ小屋は、北壁から東壁に回り込んだちょっとしたギャップに、「見事」といえる具合に造ってあるので、上部からだと屋根も見えず、位置がわかりにくい。IponはGPSに小屋の位置を記憶させておいて、8m誤差まで精度を上げて、慎重に下りて行った。見事回り込んだ懸垂地点に、小屋はあった。
 ソルベイ小屋では、フランス人のガイドP2組4名(最後に行きあったパーティではない)が既に横になっていた。一部二段ベットになっており、我々は二段目に上がらせてもらい、毛布も分けてもらった。夜中0時頃、スイス人の屈強そうな若者4名が入ってきた。
 彼らはリオン稜(イタリア側)を登ってきたとのこと。小屋の地べたにシュラフカバーだけで横になっていた。トイレは北壁に垂れ流し。北壁から風は吹き上がってくるし、ちょっとする気にならない。

8/7(金) 6:30 Solvay Hut 4,003m 出発
10:00 Hornli Hut 3,260m 着 (昼食)
13:00 下山開始
14:30 シュヴァルツゼー
16:00 Zermatt HotelBahnhof 着

 翌朝は、全員ゆっくり目に起き、4,003mからの朝陽を拝んで、懸垂下降開始。1ピッチ懸垂し終える頃には、今朝あがってきたガイドパーティーの先頭集団がぞくぞくと登ってきた。下部の下りのルートは、登りと異なり稜線上を行く。が、稜線上は懸垂で降りるルートなので、支点を見つけないとどうにもならない。我々は、登りと同じルートをクライムダウンしようとしたが、通りかかった登りのスイスガイドが、This way! と教えてくれること数回。
 ヘルンリ小屋に戻って、ビールとちょっと早い昼食で乾杯!スイス名物レシュティーと香ばしく焼いたウインナーが美味しいこと。シュバルツゼーでマッターホルンを眺めながら乾杯!ツェルマットに戻って乾杯!

<メモ>ソルベイ小屋代として、一人20CHF支払いました。ヘルンリ小屋の2泊目は結果的に宿泊していないので、その分は戻してもらえないのか、と交渉しましたが、食事も寝床も確保しているのだから、ダメだとのことで返してもらえませんでした。ちなみにヘルンリ小屋はカードは不可です。

<メモ>ヨーロッパアルプスの天気は、だいたい4~5日ごとの周期で崩れます。お天気オタクのIponが出発前から天気をよく見てくれ、マッターホルン登頂日を一日早めたのは正解でした。下山した翌日は、雨でした。

8/8(土)  一日雨。Zermattにて休養・洗濯・山岳博物館。

 博物館はなかなか面白かった。マッターホルン登頂の歴史やエピソードがよくわかる。ここで手に入れたマッターホルンの3Dソフトに、帰国後我々のGPSの軌跡を重ねることができたり、ヘリ遊覧飛行のように鳥瞰できたり、遊べて楽しい。夜は、フォンデュ(赤ワインコンソメスープの牛しゃぶしゃぶ)を楽しんだ。宿に戻って、食堂で紅茶を沸かして寛いでいると、ポストホテル下のカフェバーのインターネットコーナーで、たまたま「@の出し方がわからないのだけど...」と話しかけられて教えてあげたホーミー(オランダ人)が、偶然同宿で、夜中の1時までお喋りする。

<メモ>ツェルマットの町のインターネットカフェは、ポストホテル下のカフェバーにPCが2台設置されていて、10分2CHF程度で使用できる。

8/9(日)晴れ ゴルナーグラード~スネガ(ハイキング)

 案の定寝坊し、二人とも疲れが取れないので、ゆっくり約8hかけて、ハイキングとピクニックを満喫。途中、マッターホルンを眺めながらビールとレシュティとウィンナーで乾杯。夕方、ネットで天気予報をチェックし、シャモニーに1日早く移動し、モンブランにも1日早く入ることに決定。ヨーロッパアルプスの天気は、西側から変化するのは日本と同じで、シャモニーとツェルマットの天気は、半日ほどしか違わない。また、モンブランは高度もあり、稜線上は風の影響が多いので、風の状況も注意すべし。
 シャモニーに電話をかけ、コスミック小屋に入る日を変更してもらう。

8/10(月) シャモニーへ移動(すべてローカル線、2nd class only)
Zermatt 8:39→Visp 9:47|10:07→Martigny 10:50|11:01
        →Vallorcine 11:53
(途中土砂崩れの為バスに乗り換え)→Chamonix-Mont-Blanc 12:30 着
ホテルにチェックイン
ネットで天気予報等チェック
夕方シャモニー・モンブラン観光協会へ、ベルナテットさんにご挨拶

 ツェルマットは前日夜から土砂降りの雨となり、翌朝のマッターホルンは真っ白となる。
 ホテルバンホフのマダム・キャティに会えることを楽しみにしていたが、残念ながら彼女は2年前に引退されて、現在、ホテルのフロントを担当しているのは彼女の甥っ子で、結局会うことはできなかった。キャティはツェルマットの町のはずれで静かに生活されているとのこと。2001年の時に一緒に撮っていただいた写真にメッセージを書いて渡してもらうことにした。
 冷え込んだツェルマットを後にし、シャモニーにも一日早く入る。宿も決めていなかったので、ネットで直前ディスカウントをして格安になっている3つ星ホテルに決め、チェックインする。午後、シャモニーの町を散歩していると、雷雨の土砂降りとなる。
 雨が上がったのを見計らって、シャモニー・モンブラン観光協会へ出向き、ベルナテッドさんにご挨拶。日本から、ツェルマットから、何度も電話で山小屋の予約と変更をお願いしていたのだ。(コスミック小屋は、繁忙時間は本当に電話を取ってくれない)彼女は、日本語が達者で、明るくとても親切。昼間は、エギーユ・ドゥ・ミディー行きのロープウェイ乗り場のインフォメーションを担当し、夕方から観光協会の窓口に立つ。ベルナテッド席(日本人観光客のための窓口)があるのには、驚いた。

8/11(火) 11:00 Chomonix1,030mからロープウェイ
→エギーユ・ドゥ・ミディー3,842m
        →Cosmiques Hut 3,613m 15:00
18:30 夕食、22:00 就寝

【服装】オーバーズボン、インナーパンツ、アンダーパンツ、アンダーシャツ(長袖)、シャツ(長袖)、冬用ヤッケ、厚手靴下
【装備】冬靴(革靴)、アイゼン、スパッツ、バイル2(Ipon)&ストック、またはバイル1&ストックまたはピッケル(Nんた)、ハーネス、ディジーチェーン&環ビナ、テープシュリンゲ3、カラビナ3、アイススクリュー1、行動食、飲料(薄いポカリ2L・ハイドレーション方式)、シュラフカバー、オーバー手袋、インナー手袋2、毛またはフリース手袋(中厚)2、毛またはフリース帽子、目出帽、サングラス・ゴーグル、インナーダウンまたは温かいフリース、ヘルメット、日焼止めクリーム&リップ
【共同装備】ロープ8.5mm50m(ダブルロープ)1本、ツエルト(共同)

 今日は、コスミック小屋に入るだけなので、ゆっくりと出発する。エギーユ・ドゥ・ミディー行きのロープウェイ乗り場は、新しくモダンで大きな建物に改装されていて、観光客の行列ができていた。並んでいると、Iponがインフォメーションに居るベルナテッドさんを見つけ、彼女は「ダメじゃないのー。並ぶ前に来なさいよ。」と行って、整理券を早い番号にして我々を素早くロープウェイに乗せてくれた。見送ってくれる人がいるのは何だか嬉しい。
 このロープウェイは、すごい。1,030mのシャモニーから、プラン・ド・レギーユの中間駅を経て、一気に富士山の高さを超えるエギーユ・ドゥ・ミディー3,842mに連れて行ってくれる。まるでエレベーターのようなので、速度が上がって体が浮きそうな感覚になると、乗っている観光客から「Ohー!」と歓声が上がる。
 エギーユ・ドゥ・ミディーに着いて、観光客よろしく、何箇所かある展望台を巡って、モンブラン・ドゥ・タキュルやモン・モディー、そして一番奥に白くて丸いモンブランを眺めてから、出発の準備をはじめる。
 展望台からヴァレ・ブランシュへ歩いて下りる出口は一箇所。氷のトンネルを抜けて、ゲートで一般観光客を止めてある急で細い雪稜が、モンブランへの第一歩だ。この細い雪稜、最初はなかなかに怖い。左に落ちたら止まらないだろう...ロープウェイの中間駅のプラン・ド・レギーユまでまっさかさまに違いない。右に落ちても止まらないだろう、ヴァレ・ブランシュに落ちるから、まだマシか?...しかしクレバスがある。という具合。
 コンテにし、バイルを雪面に刺しながら一歩一歩慎重に100mほど氷河まで下っていく。ヴァレ・ブランシュはまさに雲上の楽園。広い氷河がイタリアまでつながり、フランス側には、メール・ド・グラスが、グランドジョラスの袂を流れ出ている。
 ヴァレ・ブランシュに下りてしまえば、コスミック小屋までは、コスミック南壁の前を通って、すぐ。暑いくらいの晴天の下、1パーティーが南壁を登り、何パーティーかが、コスミック稜を登っているのが良く見える。
 アプローチは、途中クレバスが何箇所かあるが、今年はそれほど大きく開いておらず、ジャンプで乗り越える。コスミック小屋は、70人を収容可能な快適な民間小屋で、俳優のリチャード・ギア似の主人が出迎えてくれ、ハリーポッター似の青年がお茶をサーブしてくれる。しかし、リチャードギア似の主人はたいそう忙しそう...電話は鳴りっぱなし。私が電話した時も、一向に取ってくれなかった理由がわかった。夕食までの間、アイゼンやピッケル、靴などを置ける前室で荷物を整理し、翌日の装備を二段ベッドの部屋で確認してから、午後の太陽の光が差す明るい食堂で、ビールを飲む。
 夕食は、数種のチーズ盛り合わせとパン、豆のポタージュスープ、メインはエスニック風鶏肉の串焼き(ライスサラダ添え)、デザートはチーズのクリームムースにブルーベリーのジャム添え(フランス風に言うとコンフィチュール添え)、で、やはり山小屋の夕食と思えない豪華さ。コスミック小屋は、大皿に盛られたお料理を、同じテーブルのメンバーでシェアしていただく。我々は4人の若いフランス人と1人のアメリカ人ガイドに2人のドイツ人ゲストと一緒のテーブルで、アメリカ人ガイドは2人のお客に盛んに「水を沢山飲むように」とアドバイスしている。高度障害を予防するためだ。一方、Iponが「よく食べる人」と察知されたか、お皿に最後に残ったお料理を「どうぞ」と回してくれる。聞けば、アメリカシアトル出身のガイドで夏はシャモニーでガイド業をしている、とのこと。Iponはマウントレーニア山に登ったことがあると話すと喜んで、とてもフレンドリーな感じの良い青年ガイドだった。
 支払いはクレジットカードが使え、夕食の後全員で一斉に済ませる。1泊2食付で一人50EUR(約7,000円)。それに、個別にお酒やお茶代が飲んだ分だけ加算される。
 夕食の後は、小屋の広いデッキで、アーベンロートに赤く輝くモンブランやグランドジョラスを眺めてくつろいだ。偶然にもフランス国家山岳ガイドの江本悠滋さんにお会いする。日本人の女性ゲスト1人を連れて、翌日ツール・ロンドに行くとのこと。シャモニーお勧めルートを教えていただく。今年はクレバスやセラックが安定しているので、モンブラン頑張ってきて、と激励のお言葉を頂き、就寝する。

8/12(水) 0:30 起床、1:00朝食、2:20 Cosmiques Hut 3,613m出発
3:00 M.Blanc du Tacul のコル4,080m
5:00 M.maudit のコル4,345m
8:50 MontBlanc 4808m頂上
10:50 Gouter Hut 3,817m、武装解除
15:00 TeteRousse Hut 3,167m
17:20 Nid d'Aigle 2,386m に下山
18:40 登山電車でBellevue、ロープウェイに乗り換え、
LesHouchesレ・ズーシュ1,000m19:20 下山
20:10 バスにてシャモニーへ
21:00 ホテルにチェックイン

 出発は夜中の2時過ぎ。朝食はたっぷりのココア(他にコーヒーや紅茶など選べる)に、パンやチーズ、ヨーグルト。コスミック小屋はトイレは5つ。手洗い水も蛇口から出るので快適。ガイドパーティーは早々に慌しく出て行く。我々は、緊張感はあるが、高度順応できている感じだったので、なんとなく気持ちに余裕があった。少しゆっくり目に出発。
 コンテにし、バレ・ブランシュに出て、右に折れ、モン・ブラン・ドゥ・タキュルの北東面を目指す。快晴無風で漆黒の静寂に包まれた広いバレ・ブランシュに、パーティーごとのヘッドランプの列が見える。先行パーティーはモン・ブラン・ドゥ・タキュルの北東面中盤に差し掛かっている模様。途中、クレバスやセラックがあるが、シャモニーガイドの江本さんが言っていたように、今年は非常に安定していて、クレバスもそれほど開いておらず、恐怖感はなかった。タキュル北東面の登りは、これ以外は、普通の雪斜面歩き。クレバスやセラックの状態によっては、上部で大きく右に迂回しなくてはならないが、今年は直登が可能。これが崩壊して、過去何度も一度に数十人を雪崩に巻き込む有名なセラックが上部にあるが、非常に安定していた。我々は覆いかぶさるようなセラックの下を、走って駆け抜けたが。
 マッターホルンで高度順応が図れたおかげで、かなり楽に歩くことができ、前のパーティーをどんどん抜かしていった。モン・モディーのコルに上がる急斜面は、固いアイスの上に雪が乗った急斜面で、フィックスロープが張ってある。ロープで確保して登る大人数のパーティーが時間がかかり、順番待ち。かなり待たされる。
 我々は待ちきれず、前のパーティーの横をバイルとアイゼンでガシガシ登った。上のフィックスロープは雪に埋まっていた。もし、状態が悪い場合は、確保したほうが良い。ここのためにアイススクリューも各自1本ずつ持参したが、使わなかった。バイルが有効。
 モン・モディーのコルに上がると、朝陽が射してきた。ブレンバのコルまでの下りのトラバースは、状態が悪い場合は注意が必要だが、我々の時は状態がよく、テンポ良く歩けた。明るくなってきて、この辺りから周りの風景がよく見えてくる。高度もあがり、まさに雲上の雪稜歩きである。
 ブレンバのコルからモンブラン頂上までが、500mの標高差。この登りが長い。高度もあり、苦しい。吹きっさらしの稜線で、風も強い。寒い。途中あまりにも寒く、インナーダウンを中に着て、目出帽をかぶる。お椀をかぶせたようなモンブラン頂上直下は、じりじり黙々と上がるしかない。ジグザグに何度もターンしながら、シュカブラの歩きにくい長い斜面をひたすら登る。
 4808mの頂上は、全てが自分より下にあり、見たことのない明るい光景だった。順調にコースタイムどおり登ることができ、やはり、高度順応がスピードを左右すると感じた。形ですぐそれとわかるマッターホルンが見える。自分達の登った山どうしを、違った角度から見ることができて、面白い。抜群の眺望を楽しんでいると、グーテ小屋からぞくぞくと登山者が登ってきた。コスミック小屋からの登頂組の方が早い到着だった。
 グーテ小屋方面へはバロ小屋経由で、雪稜を下りる。特に難しいところはない。るんるん気分で下る。グーテ小屋で武装解除し、しばし休憩。日差しが強く暑いので、薄着になってから出発。
 グーテ小屋から下は雪はなく、悪い岩場下りが長く続く。そして、噂のグランドクーローワールのトラバースは、一人ずつ走ってやり過ごす。カラカラ、ガラガラと絶えず落石の危険性があり、気が抜けない。その後も、荒涼とした長い岩場の下りが延々と続く。これを登ってくるのは絶対嫌だなぁー。みんなどうしてこちらのルートを登ってくるのだろう?などと思いながら、疲れも出てきて半分惰性で歩いた。モンブランの登りは絶対コスミック小屋からのルートがお勧めだと思う。
 テート・ルース小屋から先も長い下りだ。江本ガイドも「下りが長いよねー」と言っていたが、本当にうんざりするほど長い。テート・ルース小屋(予約必要、食事付きの営業小屋)に泊まることも考えていたが、まだ陽も高いことだし、早く下りてシャモニーでシャワーを浴び、乾杯したい一心で、頑張って下る。いい加減飽きてきたところで、岩場に生息する野生の羊「アイベックス」を何頭か間近で見ることができ、気がまぎれる。オスは立派な角が見事で、岩場でも器用に駆けてみせる。
 ようやくNid d'Aigle(ニデーグル) 2,386m の登山電車駅に下山し、電車を待つ。ここまでは観光客が大勢来ているので、予約の無い我々は、最終電車まで待たされる。途中駅のBellevue(ベルヴュー)でロープウェイに乗り換え、LesHouches(レ・ズーシュ)1,000mに下山。バス(シャモニー宿泊の場合はカルテドットという無料パスをホテルでもらえ、無料で循環バスに乗れる)まで40分も待たなくちゃならないのが不便だが、ビールを飲みながら待つ。シャモニーへ移動し、この日の宿泊を決めていなかったので、ネットで探して、直前ディスカウントしていた4つ星ホテルにようやくチェックイン。それとわかるヨレヨレの汚い格好をしているのだが、ホテルの受付では「モンブラン登頂おめでとう」と言ってもらえた。疲れているし夜も遅いので、ホテル近くの酒屋でお酒とおつまみを入手し、部屋で簡単に乾杯する。長い一日だったが、充実の一日だった。

<メモ>グーテ小屋は、大変な人気で、夏のハイシーズンは、4月下旬から5月上旬に予約が埋まってしまうそうだ。最後の手段は宿泊日の3日前の午前9時にキャンセルを開放するので、その時しかない。シャモニーガイド協会の小屋。

<メモ>飲料を行動中でも飲めるように、マッターホルンに続き、ハイドレーション方式にしたが、モンブランは気温が低く、稜線上で凍ってしまい、飲めなくなってしまった。テルモスも用意しておくと良い。

8/13(木) シャモニー・モンブランにて休養日
今後の予定、天気をネットでチェック

 この日は、神田山の会のHぴろさん夫妻がエギーユ・ドゥ・ミディーに上がり、コスミック稜で足慣らしをしている。我々は、せっかく4つ星ホテルに泊まれたので、チェックアウト時間までゆっくり過ごす。広いベランダでロープやアイゼンを乾かしたり...(これ内緒)。ラウンジのパソコンで、インターネットで調べものをしながら、今後の計画を立てる。 
 午後は、シャモニーで一番大きな書店で、ルート本を6冊ほど買い込み、夜は、少し贅沢に、チーズ・フォンデュやエスカルゴをいただく。どちらも素材重視のシンプルなフランス料理だが、とても美味しかった。エスカルゴは蝸牛と思うと躊躇してしまうが、螺貝と思えばより一層美味。あっという間の休養日。

8/14(金)  7:30過ぎのシャモニーバスでレ・プラへ
   レ・プラからロープウェイ→リフトでランデックスへ
9:00 ランデックス南東稜取り付き
11:30 ランデックス頂上→懸垂下降支点のあるテラスまで10m下りる
12:30 ルート反対側のコルへ懸垂下降、ブランチ休憩
14:00 リフト乗り場、武装解除、フレジェールでビール
15:50 レ・プラからシャモニー行きバス
16:20 シャモニーに戻る

【装備】一般岩登り装備、ロープ8.5mm50m(ダブルロープ)2本

 本日も快晴。ランデックス南東稜に行くことにした。日帰りの岩登りルートで、とても有名かつ楽しいルート。シャモニーからは、循環バスを使って、レ・プラの町へ移動し、ロープウェイとリフトを乗り継いで、すぐに取り付きへアプローチできる。ランデックス周辺は、ちょっとした岩登りルートが沢山あり、池を巡るピクニックもできるため、ガイドによる岩登り教室も沢山開かれており、この日も、ちびっ子や若い男女達がガイドに導かれて岩登りに興じていた。
 有名ルートだけに、取り付きにいかに早く到着するか、が勝負。我々は、ほぼ1番に到着するも、後ろから次々にパーティーがやってくる。我々と交錯するパーティーが3パーティーいずれもガイドだが、フォローのゲストは、みんなあまり上手でないので、「ボンジュール!エクスキュゼ・モワ!」と挨拶して、先に行かせてもらう。2ピッチ目で、少々かぶり気味の右手岩をよじった時、Nんた右肩をまたも亜脱臼してしまい、しばしロープにぶら下がるが、運良く戻り、何とか登りきる。全部で5ピッチの快適なスカイラインで、背後にシャモニーの谷を挟んで、グランドジョラスやドリュ、メール・ド・グラスを眺めながら、明るいクライミングを楽しむことができる。
 下りは、頂上から10mほど下りたテラス(我々は懸垂下降したが、回り込んでクライムダウンも可能)に支点があり、そこから、50mいっぱいの懸垂下降で、取り付きとは反対側のコルに下りる。コルでのんびりブランチ。見ると、さらにぞくぞくと後続パーティが登ってきている。
 このような快適で明るいルートが多いので、フランスではクライミングが盛んで、イメージも良いのだろうなぁ、これなら子供達も好きになるだろうなぁ、と羨ましくなる。本当に、とっても楽しい。ガイドも洗練された雰囲気で皆カッコイイ。
 シャモニーに戻って、ベルナテッドさんにモンブラン登頂の報告をしに、観光協会に行くと、たいそう喜んでくださった。その日はモン・モディーで滑落事故(200m)があったらしく、ヘリでピックアップされた登山者が亡くなったとのことだった。(このシーズンだけでモンブラン山群で50名の方が亡くなっているらしい。)今日以降の宿を探さなくてはならなかったので、観光協会近くの便利で手頃な宿を紹介してもらった。
 結局、この日モンブランに挑戦していたHぴろ夫妻は、このモン・モディー事故のヘリピックアップを目の前にして、登頂を断念した。ヴァレ・ブランシュが濃霧でルートがわからずかなり時間を割いてしまったのと、高度順応不足、そして強風だったらしい。モンブランは風にも注意しなければならない。
 早めに下山してきたHぴろ夫妻と、シャモニーで夕食を共にする。ヨーロッパアルプス名物のラクレット(チーズ)を試してみる。蒸したジャガイモに溶けたラクレットを絡めて食べる素朴な料理だが、やはりチーズが美味しいので、やみつきになる。2次会として近くのバーをはしごし、Ipon、かなり千鳥足になって、宿に帰る。

8/15(土) プランドレギーユ→モンタンヴェール(ハイキング)

 残り少ない滞在を惜しむかのように、毎日山に出かける。今日も快晴。本当は江本ガイドに教えていただいたレム針峰の北北東稜(nord-nord-est)に岩登りに行きたかったのだが、Nんたの右肩が少し痛むので、ハイキングに変更。
 プラン・ド・レギーユからモンタンヴェールのハイキングルートは、人気のルートで、シャモニー針峰群を右手に、シャモニーの谷を左手に眺めながら、途中レム針峰の取り付きも確認できるので、出かけることにした。
 エギーユ・ド・ミディー行きのロープウェイの中間駅、プラン・ド・レギーユで下り、途中、湖の湖畔でブランチ。こういう時は、コッヘルやガスがとても便利。朝食を宿で食べずに出発して、早めにブランチにしてしまう。パンやサラダやハム・チーズ、トマトにモンカフェやスープなどを持って山に入れば、ちょっとしたピクニックができる。眺めも最高!言うことなし。
 野生のブルーベリーをつまみながら、メール・ド・グラスとドリュの眺めが圧巻の、モンタンヴェールまでのんびり散策。ここでお決まりのビール。しばし風景に見とれる。江本ガイドがコスミック小屋の前日に登ったと言っていたモワン針峰群も見える。アプローチが少々長く、氷河を横切らなくてはならないので、次回もう少しルートを研究して挑戦してみたいな、と思う。
 モンタンヴェールからは登山電車でらくらく下山。本当にアプローチも下山も便利なルートが多いので、効率よく回れる。
 夕食は、宿の中庭のテーブルとベンチを借りて、お手製カレーにする。

8/16(日) 6:30 シャモニーからロープウェイ始発→エギーユ・ド・ミディー
8:30 コスミック稜取り付き
11:30 終了点(エギーユ・ド・ミディー展望台)

 レム針峰の北北東稜とどちらにするか、悩んだが、最後に雪を触っておきたくて、岩と雪ミックスのコスミック稜にする。始発のロープウェイに乗って、再びエギーユ・ド・ミディーへ。今回3回目のロープウェイ。バレ・ブランシュへの下降は、2回目なので、今回は少々余裕の気持ち。南壁の下をぐるりと回って、コスミック小屋方面へ、取り付きまではすぐ。
 ガイドパーティ2パーティーがほぼ一緒に取り付いたので、ルート不案内の我々は、コバンザメ作戦で、ついてゆく。コスミック稜のルートは、懸垂が3回ほどあり、ルートが少々わかりにくい。イギリス英語のガイドと、フランス人の年季の入った年配ガイドで、それぞれ2人ずつ男性のゲストを連れている。この他に、我々のすぐ後ろをガイドレスの男性2人のパーティー(ドイツ系)がついてきていた。
 ガイドは、ゲストには絶対懸垂をさせない。一箇所、私は右肩が痛くて腕力登攀できず、アブミで登った箇所があったが、ガイドは、自分が登ると、ゲストをかなり強引に力ずくで上げてしまう。手の置く場所、足の置く場所、こと細かく指示し、褒め、ゲストはだいたいが上手でないが、ガイドの登らせ方が見事。スイスやフランスでは、それほど本格的に登攀技術を身につけていなくても、ある程度のルートなら、ガイドによって登らせてもらえるようだし、そうやって経験がそれほど無い人でもエントリーするのが普通のようだ。
 ガイドパーティーを参考にさせてもらって、無事に、楽しく登り、最後にエギーユ・ド・ミディーの展望台にかけられた梯子を登って、終了。観光客から拍手があがり、なんだか恥ずかしい。短くも、岩と雪、そして、モンブラン山群の景色を堪能できる楽しいルートだ。
 夜は、ホテルでスイートルームに宿泊中のHぴろ夫妻にお招きいただき、部屋に遊びに行く。ワインやおつまみで楽しく談笑して過ごす。シャモニーのガイド祭り(8月15日から1週間)のクライマックスで花火が上がる。

8/17(月) シャモニー→ジュネーブへ移動
7:37発 SAT高速バス

 シャモニーともお別れ。Hぴろ夫妻は、グリンデルワルドへ移動。朝早いので、前日のうちに宿の主人にお別れの挨拶をし、駅前から出発する始発の高速バスに乗り、ジュネーブに移動。途中、コアントラン・ジュネーブ国際空港で下り、登山装備の入った重いザックを駅に預ける。空港に預かってくれる施設はないが、スイスの鉄道駅にはフライバゲージ制度があるので、空港駅で1つ10CHF(約900円)で一晩預かってくれるので助かる。身軽になって、ジュネーブまで一駅約10分で出る。ジュネーブの町を散策し、噴水と虹の見事なレマン湖を眺めながら、ほとりの公園でピクニック&お昼寝をする。なんともゆったりした平和な一日でした。

8/18(火) ジュネーブ
SK1610 ジュネーブ(11:50)→コペンハーゲン(13:50)
SK983 コペンハーゲン(15:45)→成田空港(09:35+1)

8/19(水) 成田着


以上

<お礼>今回、ヨーロッパアルプスについては、経験者の方々に情報提供していただき、とても参考になりました。計画、準備、心構えの上で、大変貴重なアドバイスを沢山いただけて、有意義な思い出に残る山行をすることができました。心より感謝申し上げます。

(記:Nんた)
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